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合格祈願には「だるま」!だるまの歴史や縁起が良いといわれる理由は?

志望校の合格祈願を込めて、だるまを購入する人もいるのではないでしょうか。だるまといえば高崎だるまが有名で、群馬県の名産品として知られています。しかし、なぜ心願成就にだるまを用いるのかを知らない人は多いかもしれません。そこで、この記事ではだるまの歴史や一般的なだるまが赤い理由、さらにだるまの目入れの方法など、様々な角度からだるまを紹介していきます。

1.だるまの歴史

だるまは、張り子でできた日本の伝統工芸品の一つです。張り子とは、竹や木を用いて作られた型に紙などを貼り付けて成型するもので、古くから工芸品や玩具の作り方として日本に浸透しています。だるまの起源は、およそ1400年も前に中国で作られた「不倒翁(ふとうおう)」だと言われています。不倒翁とは、張り子でできた人形の下の部分に重りが入ったもので、倒してもすぐに起き上がるのが特徴です。
不倒翁が日本に伝わってきたのは室町時代のことでした。日本に入ってから、不倒翁は「起き上がり小法師(おきあがりこぼし)」と呼ばれるようになり、庶民の間で親しまれていきました。さらに江戸時代に入ると、その起き上がり小法師に達磨大使の顔が描かれるようになりました。達磨大使とは、禅宗の開祖と呼ばれている人物です。そして、それが現代のだるまの始まりであると言われています。

2.だるまのモデルになった達磨大師

だるまのモデルになった達磨大使(だるまたいし)は、もともとはインドの高僧です。南インドで生まれ、150歳という長い人生を終えるまで、中国やインドを中心に仏教の教えを広めることに生涯にわたって携わっていました。次第に日本にも達磨大使の教えは伝わり、武士を中心に広く人々の中に浸透していったのです。そういった背景もあり、達磨大使の姿はだるまの他にも掛け軸など仏画としてもよく描かれています。実は、日本に渡ってきた際は聖徳太子に会ったという説も残っています。
達磨大使がだるまのもととなったのは、ある伝説が理由です。禅僧である達磨大使は、「面壁」と呼ばれる修行を行っていました。岸壁に向かって座禅を組むその修行は9年間にも及び、その結果、達磨大使の手足は壊死して失われてしまったと言われています。つまり、手足を失くした達磨大使の姿を模して作られたことがだるまに手足がない理由であり、同時に起き上がり小法師の形状にも合っていたということでしょう。そして、だるまの赤い色は、達磨大使が身につけていた赤い衣がそのまま取り入れられています。

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3.だるまは縁起が良いといわれる理由

達磨大使がだるまの原型となり、さらに縁起が良いものとされた理由として達磨大使が唱えた「二入四行論」という教えがあります。二入四行論とは、自分の行いに対してしっかり責任を取り、忍耐強くあるべきだと説いたものです。人として精神を磨き上げるための教えであると同時に、まず自分ができることに取組み、誠心誠意を尽くして日々を過ごしていくことの大切さも唱えています。つまり、二入四行論を実行することは自分の願いを叶えることにつながるということになります。
そして、苦労や困難にもくじけずにことを成し遂げるという、達磨大使の不屈の精神から生まれたことわざが「七転び八起き」です。七転び八起きとは何度転ぼうとも強い精神で必ず起き上がることを意味しています。その姿は、倒しても倒しても必ず起き上がる「起き上がり小法師」そのものです。達磨大使の教えや姿勢にちなんだことわざ、起き上がり小法師の特性などが結びつき、次第に「だるまは願いを叶えてくれる縁起物」として人々の暮らしの中に定着していきました。

4.だるまはなぜ赤いのか

だるまが赤く塗られている理由の1つは、前述したように達磨大使がまとっていた衣にあります。仏教では、僧の階級に応じて身につける衣の色に違いがあり、日本でも位の高い僧は赤や紫を身につけることになっています。高僧が身につける赤色は正確には緋色といい、黄色がかった濃い赤色のことです。高い位にあった達磨大使も、緋色の法衣を頭からかぶっていました。そして、この姿がそのままだるまに表現されています。
だるまに赤が用いられるのは他にも理由があります。赤は炎や血の色でもあり、古の昔から魔除けの効果がある色として信じられてきました。そのため、病気から人々を守ったり災いから遠ざけたりすると考えられてきました。江戸時代に、「疱瘡(ほうそう)」という病気が流行ったことがあります。疱瘡は天然痘という別名があり、死に至ることも多く、とても恐れられていました。当時の人たちは疱瘡に感染しないよう、魔除けの意味を込めて赤いだるまを好んだという説も残されています。また、病気が流行したときは、子どもの枕元に赤いだるまを置いたとも言われています。

5.だるまの色に込められた意味

だるまは白い色のものも見られましたが、元々は赤い色が主流でした。ところが、現代では赤や白以外にも様々な色のだるまが登場しています。そして、色によってだるまの持つ意味合いが異なってきます。では、色によってそれぞれどのような意味があるのかを紹介していきます。まず、赤いだるまについてですが、これまで説明してきたように、赤には魔除けや厄除けといった意味があります。それ以外には家内安全や無病息災という意味があり、さらに合格祈願という意味も持っています。
赤と同じく、歴史があるのが白いだるまです。白には目標達成、さらには合格祈願という意味があります。白は好きな色に染めることができる色です。そのため、真っ白な状態から目標に向けて染まっていくという意味が込められています。
青いだるまは、学業成就や才能向上の意味を持っています。青色には知的なイメージがあることから、そういった意味合いが含まれています。
そして、黒いだるまは「黒字を招いて安定した金運を呼ぶ」という意味があるので、商売繁盛や事業繁栄を願うときに用いると良いでしょう。
この他にも、金運アップや必勝祈願に良いと言われている金色のだるまや、病気平癒など健康祈願に良い緑のだるまなどがあります。

6.だるまの目入れ

だるまといえば、目が白い状態で売られているものがほとんどです。しかし、元々のだるまに目が描かれていなかったわけではありません。目がない状態で売られるようになったのは江戸時代以降になります。だるまは、江戸時代中頃までは目が描かれた状態で売られていました。ところが、疱瘡にかかった多くの子どもが失明したため、目のないだるまを買って新たに目を描き入れ、疱瘡を避けようと考えたのが始まりとされています。
現代では、だるまに目を入れること自体縁起が良い文化的な風習として定着しています。だるまを購入したとき、まず片方の目を描くのが一般的です。これは願掛けをするためで、願掛けの「がん」は目の「眼(がん)」に掛けているという意味も持っています。新しいだるまを購入したら、まず願掛けとして正面から向かって右(だるまの左目)に目を入れます。目を入れるのは筆ペンやマジックなどで、しっかり黒が入るものなら何で描こうと特に決まりはありません。そして、もう片方の目は願いが叶ったときに感謝を込めて入れましょう。
もしも願いが叶わなかったときでも、もう片方の目も必ず描きます。ただし、願いが叶わないときに目を入れるのは年度の終わりや1年の終わりの時期です。こうして両目が揃っただるまは神社などでお焚き上げしてもらい、供養します。その後、新しいだるまを購入しましょう。

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7.群馬県の名産品として知られている高崎だるま

だるまが有名な地域として群馬県の高崎市が挙げられます。最後に、群馬県の名産品として知られている「高崎だるま」について紹介していきます。

7-1.高崎だるまの概要

高崎だるまとは、群馬県高崎市で生産されているだるまの総称であり、群馬県を代表する名産品の1つです。別名「上州だるま」とも呼ばれています。高崎だるまの年間生産量はおよそ170万個にものぼりますが、これは全国で作られるだるまの約80%に匹敵する数です。選挙の際、立候補者の多くが当選祈願で購入する「選挙だるま」は、ほとんどが高崎だるまといってもいいでしょう。候補者は当選を祈願してまず左目を入れておき、当選を果たしたときは残りの右目を入れるのが習わしとなっています。
高崎だるまの生産には、乾燥した空気と風が強い冬が適しています。その気候を活かし、さらに農閑期の副業にぴったりだったことから高崎だるまが盛んに作られるようになりました。現在でも農閑期の副業として生産されている高崎だるまは、1993年に「群馬県ふるさと伝統工芸品」に指定されています。

7-2.高崎だるまの歴史

高崎だるまの歴史は古く、もとは心越禅師が描いた一筆達磨座禅像を配って札としたのが始まりといわれています。札は、1667年(延宝5年)に開山した黄檗宗の少林山達磨寺で、毎年正月に配られていました。札に一筆達磨座禅像を描いたのは、黄檗宗は禅宗の一派であったためです。ところが、浅間山の噴火を始め天変地異によって飢饉が起こると、札から張り子のだるまへと変化します。飢饉に見舞われたとき、少林寺達磨寺の9代目に当たる住職は、どうにか生活苦から農民を救いたいと考えました。
そして、豊岡村の山縣友五郎という人物に繭玉のような形状をした張り子のだるま作りを伝えたのです。しかし、当時はまだ色を塗るための染料が思うように手に入りませんでした。だるまが作られていたのは稲の収穫や麦まきを終えた秋から翌年の春までで、生産量も現在に比べるとごくわずかです。ところが、1859年に横浜港が開港すると状況が変わっていきます。スカーレットという赤い顔料が海外から輸入されるようになり、次第にだるまの生産量が増えてきました。1909年頃は18軒だけで生産していましたが、現在では70名を超える職人が高崎だるまの伝統を継承しています。

7-3.高崎だるまの特徴

高崎だるまは、球状に近い丸い形が特徴的です。胴体は全体的に赤く塗られていますが、顔の部分は白く他よりくぼんでいます。そして、眉毛の部分は鶴を、ひげの部分は亀を表しており、縁起物の良さを一層強めています。日本では「鶴は千年、亀は万年」といわれ、鶴と亀は縁起の良い動物として知られています。高崎だるまは腹部に「福入」という文字が描かれています。さらに両肩には「商売繁盛」や「家内安全」、「大願成就」や「目標達成」といった言葉が、願いを込めて金文字で描かれます。高崎だるまはその形状から重心に安定感がありますが、これは心の持ちようを表現したものです。どのような困難が起こったときも落ち着いて対処でき、果敢に立ち向かえる忍耐力を表しています。

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だるまで合格祈願!人事を尽くして天命を待とう!

今回は、だるまの歴史的意味やその背景などについて紹介してきました。合格祈願のためにだるまを購入し、両目を揃える=志望校への合格を目標に受験勉強に取り組みましょう。もちろん、志望校の合格を果たすには、だるまに祈願するだけではなく、自分の努力も重要です。そして、適切にサポートしてくれる塾の存在も欠かせません。受験対策に不安を抱えているなら、塾に通うことも考えてみましょう。

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